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名古屋高等裁判所 平成7年(ネ)231号 決定 1995年11月17日

被控訴人・控訴人(一審原告)

近藤婦貴子

前田廣彦

右両名訴訟代理人弁護士

村越健

控訴人・被控訴人(一審被告)

近藤誠

近藤ひさみ

久保純男

久保八重子

伊豫田晴悟

伊豫田信江

右六名訴訟代理人弁護士

内田安彦

主文

一  一審被告らの控訴に基づき、原判決中、一審被告ら敗訴の部分を取り消す。

二  一審原告らの請求をいずれも棄却する。

三  一審原告らの控訴をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも、一審原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  一審原告ら

1  原判決中、一審原告ら敗訴の部分を取り消す。

2  一審被告らは、一審原告近藤婦貴子に対し、各自五〇二万二八五八円、一審原告前田廣彦に対し、各自五五七万円、及び右各金員に対する昭和六三年二月二二日から支払済まで年五分の割合による各金員を支払え。

3  一審被告らの控訴をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも、一審被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  一審被告ら

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  火災の発生

近藤一郎(以下「一郎」という。)、久保二郎(以下「二郎」という。)及び伊豫田三郎(以下「三郎」という。)は、昭和六三年二月二一日午後五時頃、一審原告近藤婦貴子(以下「一審原告近藤」という。)の所有する愛知県豊田市畝部西町屋敷一九番地一所在、家屋番号一九番一、木造草葺平屋建居宅、床面積175.20平方メートル(以下「本件建物」という。)から数メートル離れた竹藪内で、新聞紙にライターで火をつけて遊んでいたところ、その火が付近の枯れ葉や本件建物の縁の下に積んであった材木に燃え移り、本件建物が全焼した(以下、右火災を「本件火災」という。)。

2  一審被告らの責任

(一) 一郎、二郎及び三郎(以下、三名を合わせて「一郎ら」という。)は、当時、それぞれ七才の未成年であり、責任を弁識する能力がなかった。

(二) 一審被告近藤誠及び同近藤ひさみは、一郎の親権者であり、一審被告久保純男及び同久保八重子は、二郎の親権者であり、一審被告伊豫田晴悟及び同伊豫田信江は、三郎の親権者である。

3  損害

(一) 一審原告近藤

(1) 本件建物一二八四万二八六〇円

(2) 家具 三二五万円

(3) 現金 五三万円

(4) 慰謝料 一〇〇万円

以上合計 一七六二万二八六〇円

(二) 一審原告前田廣彦(以下「一審原告前田」という。)

(1) 家具 二八五万円

(2) 現金 三二〇万円

(3) 記念硬貨 九三万円

(4) うるち米 七万五〇〇〇円

(5) 慰謝料 一〇〇万円

以上合計 八〇五万五〇〇〇円

4  損害の填補

愛知県農業共済組合連合会から、一審原告近藤は右3(一)(1)の損害共済金として六〇〇万円を受領し、一審原告前田は同(二)(1)の損害共済金として一〇〇万円を受領したので、これをそれぞれ右各損害の填補として充当する。

5  よって、一審原告らは、一審被告ら各自に対し、民法七一四条一項本文に基づき、一審原告近藤につき一一〇九万二八六〇円、一審原告前田につき七〇五万五〇〇〇円、及び右各金員に対する本件火災発生の日の翌日である昭和六三年二月二二日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実は知らない。

3  同4の事実は認める。

三  抗弁

1  民法七一四条一項但書及び失火ノ責任ニ関スル法律による免責

(一) 一審被告近藤らは、一郎に対し、同人が幼い時から、テレビ、新聞等で火事のニュースがあるたびに、「マッチの火でも、家や人がなくなってしまうから。」とよく言い聞かせていた。

(二) 一審被告久保らは、二郎に対し、「マッチ、ライター等で火を出すと手が熱いよ。火傷するよ。」と言い聞かせ、「火遊びは絶対してはいけない。」と常々厳しく注意してきた。

(三) 一審被告伊豫田らの家庭では、マッチ、ライターは、子供の手の届かない高い棚の上に置いていた。そして、一審被告伊豫田信江と同伊豫田晴悟の母が、三郎に対し、花火をする時期には、マッチ、ライターを使用する際に、火の怖さを教え、また、「マッチ、ライターを遊びで使ってはいけない。何もかも燃えてしまうんだよ。」と厳しく言い聞かせていた。

(四) 以上、一審被告らは、それぞれ、その子供らに対し、日頃から、火事の恐ろしさを教え、マッチ、ライターについて絶対使用してはいけないと教育してきた。したがって、一審被告らには、その子供の監督について重大な過失はない。

2  過失相殺

一郎らが、新聞紙に火をつけた場所は、一審原告近藤が所有する土地内の竹藪付近であったが、同竹藪には生い茂った雑草が立ち枯れし、それが放置されたまま本件家屋付近まで続いていたため、火災に対して非常に危険な状態であった。

また、一審原告前田は、以前から趣味として廃品回収をしており、本件建物の回りに可燃物が山積みとなり、本件建物の中も足の踏み場もない程古新聞の山となっていた。

これらが、本件火災が早期発見され、近所の者数名及び消防による懸命の消火活動がされたにもかかわらず、本件建物が焼失してしまった原因となった。

したがって、一審原告らも、本件火災の原因及び結果に寄与しているから本件火災による一審原告らの損害を算定するに当たっては、右の点を斟酌して減額されるべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

一審被告らは、本件火災が発生した竹藪付近が、二月頃は枯れ草がおい茂り、火事になる危険が非常に大きい場所であることを知悉していたのであるから、子供らに対し、このような場所で火遊びをしないよう注意することは容易であったのに、十分な注意をせず、また、子供らが持ち出すことができる所にライターを置いていたものである。したがって、一審被告らには、その子供の監督について重大な過失があるというべきである。

2  同2の事実は否認する。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載されているとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁1について判断する。

1  前記争いのない事実に、甲第二、第三、第五号証、乙第七ないし第一一号証、原審(第一回)及び当審における一審原告前田廣彦、原審及び当審における一審被告近藤誠、当審における一審被告久保八重子、同伊豫田信江の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  一郎らは、当時、いずれも七歳で、畝部小学校一年の同級生であったところ、昭和六三年二月二一日は、朝から一審被告伊豫田らの家で遊び、午後は児童館等で遊んだりしていた。その後、一郎らは、外に出たところ、寒かったので、暖をとるためたき火をしようということになり、同日午後五時頃、愛知県豊田市畝部西町屋敷一九番地一先の本件建物から西方に数メートル離れた竹藪内で、落葉を集め、まず、新聞紙にライターで火をつけたところ、その火が付近の枯れ葉に燃え移ったため、火に砂をかけたり小川の水をかけたりして消火したが、消火できず、本件建物の縁の下に積んであった粗大ごみや材木にまで燃え移り、本件建物が全焼するに至った(本件火災)。

(二)  一郎らが使用した右ライター(以下「本件ライター」という。)は、一審被告近藤誠の父近藤久弥が、一審被告近藤らの家の仏壇の前の経文台の上に置き忘れたのを、一郎が、たき火をする際、親の知らない間に、自宅から持ち出したものである。

(三)  一審被告近藤らは、家では、日頃から、マッチ、ライターを子供の手の届かない場所に保管し、近藤久弥は、たばこを吸う際に使用する本件ライターを、いつもはたばこと一緒に洋服のポケットに入れて所持していたが、本件火災の当日は、たまたま前記仏壇の前の経文台の上に置き忘れたものである。

(四)  一審被告らは、本件火災以前に、その子供らがマッチ、ライター等を使用することを許したことはなく、これらを使用しているところを見たこともない。また、一審被告らは、それぞれの家庭において、その子供らに対し、日頃から火の危険について一般的な注意をするほか、特に火遊びなどしないよう躾ており、子供らも、親の注意には素直に従い、特に問題行動もなかった。

2 ところで、責任を弁識する能力のない未成年者の行為により火災が発生した場合においては、民法七一四条に基づき、未成年者の監督義務者が右火災による損害を賠償する責任を負うが、右監督義務者に未成年者の監督について重大な過失がなかったときは、これを免れるものと解するのが相当である(最高裁平成七年一月二四日第三小法廷判決・民集四九巻一号二五頁参照)。そして、右にいう重大な過失とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができる場合であるのに、漫然これを見すごしたような著しい注意欠如の状態を指すものと解する(最高裁昭和三二年七月九日第三小法廷判決・民集一一巻七号一二〇三頁参照)。

これを本件について見るに、前認定の事実関係によれば、本件火災は、一郎らが、一審被告らの目の届かない野外においてたき火をしようとして発生したものであるところ、一審被告らは、本件火災以前に、それぞれ、その子供らがマッチ、ライター等を使用することを許したことはなく、これらを使用しているところを見たこともなく、また、一審被告らは、それぞれの家庭において、その子供らに対し、火の危険について一般的な注意をするほか、特に火遊びなどしないように躾ていたものである。そして、本件においては、一審被告らが、本件火災の発生する以前、本件火災が発生する危険を容易に予見することが可能であるような事情が存したことを認めるべき証拠はないから、右一般的な注意や躾をすること以上に、本件火災の発生を防止すべき具体的な監督義務ないしその義務違反があったものということはできず、本件ライターを仏壇の前の経文台の上に置き忘れたことにつき過失があるとはいえ、一審被告らに、その子供らの監督について重大な過失はなかったものというべきである。

したがって、抗弁1は理由があるから、その余の点につき判断するまでもなく、一審原告らの、一審被告らに対する本訴各請求は、理由がない。

三  よって一審原告らの本訴各請求はいずれも失当として棄却すべきであるところ、原判決中、一審原告らの請求を認容した部分は不当であるから、一審被告らの控訴に基づき、これを取り消し、一審原告らの請求をいずれも棄却することとし、一審原告らの控訴は理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官玉田勝也 裁判官岡本岳)

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